Apes 凡論

文章練習をオフラインでやるより、公開していこうと思い立ち始めました。なので、感想、ご指摘など遠慮なく。

文章練習6 犬の話

我が家では1匹犬を飼っている。雑種の小型犬のメスで、何年か前に両親が保護犬を施設から引き取って以来我が家にいる。私はしばらく実家を離れ過ごしていたため、帰郷のタイミングでそれを知り、犬と初対面を果たした。
前々から多少話には聞いていたが、この犬は保護される前、捨て犬何匹かで群れをなして過ごしていたところを保護されたそうだ。その経験の中で酷い扱いを受けたのか、とても臆病で警戒心が強い。餌を食べるにしても少量を口に含んで、少し離れた頃へ持って行き、そこでやっと食べる。その習慣は今でも抜ける事がない。

そんな我が家の犬と私が初対面をした時は散々であった。
私が生来、10年以上過ごしてきた実家なのにも関わらず、私がいない間にやって来た犬は私を見るなり新参の不審者扱いをした。吠え散らかし、荒れ狂い、そして私を恐れながらも軽蔑した目でこちらを見る。あまりにもそれがこの犬の過去を鑑みると不憫に思えたので、何日もかけて少しずつ餌を与えたり、仲良くなろうとアプローチをかけ続けた。
次第に犬は私が撫でることを許し、近づいてもそこまで嫌がらなくなった。私の努力は報われたかに思えた。
現実は酷だ。どうやら犬のその態度を見ると、私は餌を与えさせていただき、撫でさせていただいているように思える態度なのである。
私は当時こう思った、「この犬はなんだ」と。

私は犬に限らず、動物は全般的に好きである。しかしながら、私は犬に対して多少のステレオタイプ固定観念があった。主人の帰宅を知ると留守番をしていた犬はすぐさま、主人のもとへ向かい尻尾を振り、この世の春がきたと言わんばかりに喜ぶ。
犬の名を呼べばそれはもう、犬はドラフト会議で球団からピックされた高校生球児のように頬を赤らめながら喜び浮き足立つものと思っていた。

なのになんだこの現実は!
犬の名を呼んでもこない。むしろ、こっちをチラッと見て、確実に私の呼んだ声は「聞こえました。届いているぞ。」いう意思表示を見せた上で、全く動こうとしない。ヤツが撫でてほしい時だけ近づいてくる。
まるで犬なのに、猫のような犬とは不思議なものである。

この犬の術中に私はまんまとハマった。
パチンコは殆どが外れるがたまに当たる。そのギャンブル性にもっと当たれと人は思い、そしてギャンブルにハマっていくと聞く。
我が家の犬の戦法も同じである。私が帰宅すると相変わらず吠え散らかし、名を呼んでも来ず、私から撫でようとすれば、スルリと何処かへ逃げていく。
しかし、気が向くとなると犬は自ら私の方へと寄ってくる。撫でてくれと尻尾を振るわけではない。私が座るソファの横にやってきて、私に対して背を向ける。ちょこんとヤツも座る。何を言うわけでもなくただ背を向けてくる。これは「撫でろ。」という沈黙の上での確かな命令なのだ。
この瞬間、悔しいかな、私はたまらなく喜びに包まれる。「犬の癖に妙なテクニックを使いやがる」とやっかみながらも、頬は緩み、手は確実に犬の毛並みに沿ってゆっくりと撫でてしまう。

私はハッと思った。人間界においてこのテクニックはモテる基本原則なのではないかと。がっつく童貞よりも、クールなのにどこか茶目っけを思わせる男の方がモテる。女にしても同様であろう。かまってと繰り返し尻尾を振るよりも、たまにのほうが心をくすぐられるのである。8割の放置と2割の褒美。しかも、その褒美は偶発的に犬の気分で与えられるが故に、主導権は犬にある。人間でこのテクニックを駆使する奴はモテるに決まっている。

この犬は分かってやっているのか、天然でやっているのかは分からない。
しかし確実に言えるのはなんと恐ろしい雌犬なのだろう。

そう思いながら私は、彼女が私の横にゆっくりと来るのを願いながらじっと待っているのである。